新・龍宮学園事件ブログ「松江孝明の奇想」

祝!「龍宮学園事件ブログ」復活です!ジャムノベルスで連載中の第二部完結後の第三部からはこちらで新たに連載予定!こうご期待!

第三章 演劇同好会・超完全版(下)


「先生、何を詰めているの?」
 一瞬、心臓が止まりそうになるほどの衝撃を男は受けた。
(しまった。まさか、一部始終を目撃された?)
 恐る恐る男は声の主の方に振り向く。そこに立っていたのは一人の女子生徒。確か、名前は。

「ねえ、先生。聞いてる?何を詰めてiるのって聞いてるでしょ?質問されたことには答えてよ。それでも、先生なの?先生、いつも口を酸っぱくして『質問されたことにはちゃんと答えなさい』とか言ってる癖に」
が戸惑っていると、女子生徒はさらに問い詰めてくる。
 「まさか、人には言えないようなもの。ははーん」
 女子生徒はまるで男のことなどお見通しだと言わんばかりの薄笑いを浮かべる。
 「ズバリ、そのスポーツバッグの中身は」
 「ああ、待った。待った。その先を言うな。中身を言うから。な。それで満足してくれるか、えーと君の名は」    
 「神常寺唯香。忘れたの、この私の高貴なその名を。神常寺総本山にして疑惑の新興宗教「神の御心を知る会」の教祖神常寺薫堂。本名神常寺三郎丸御年76歳の長女、神常寺唯香よ。この学校でまだ私の名前を知らない人がいたとはね、正直驚きだわ。一体、この学校に父がいくらの寄付をしてるのか知ってて?あなたの首なんて、父に言えばどうにでもなるのよ。ふっ、まあいいわ。そのバッグの中身を教えてくれたら今日の所は大目に見てあげる。告げ口なんてそれこそ神を冒瀆する行為ですものね。さあ、中身をこの私に教えて下さらない、先生」

 神常寺唯香―!その名を聞いた瞬間、私は凍りつく思いだった。彼女は学校一の有名人で男子生徒は勿論のこと、女生徒にも信者がおり学園の理事長も言いなりになっているという噂の新興宗教「神の御心を知る会」の教祖神常寺薫堂のたった一人きりの娘。この学校経営のほとんどが薫堂の多大な寄付によって成り立っていると言われている疑惑の人物のこの世で最も愛されているという娘こそが今男の目の前にいる神常寺唯香なのだ。しかも彼女は演劇部の部長で龍宮学園演劇部の看板スターだ。先程は教頭に今日は隣町で定期公演があると言ったが、あれはもちろん咄嗟に思いついた口からでまかせである。

 (油断していた。ただの小娘と思いきや、まさかこの女生徒が噂の神常寺唯香だとは。それにしても、噂に違わず綺麗な娘だ)
 などと男がついつい唯香に見とれていると、いつのまにか唯香はトランクのバッグを開けようとしているではないか―。

 「あー、待った、待った。中身を教えるっていったばかりじゃないか」
 あわててトランクのバッグが置いてある所まで行き、バッグのファスナーを開こうとする唯香の前に回り、唯香の手を止める。
 「何よ。気安く私の手に触れないでくれる?これじゃあ、女性徒に対する公然猥褻で訴えられても文句が言える立場じゃなくてよ。で、先生。そんなに見られるのが嫌なの?ふーん。そんなに隠したいものなんだ。じゃあ、尚更気になるわ」
 「だから、教えないとは言ってないだろ。今、教えるよ。中身は、あれだ。今度、部活で使う道具だよ。ほら、俺さあボーリング部の顧問してるだろ。だから、中身はボーリングの球だよ」

 「―うちの学校にボーリング部なんてあって?」
 (しまった。ボーリング部なんてでまかせを言うなんて。相手は天下の神常寺唯香だぞ。彼女がこの学校のことで知らない事実なんてないに等しいのだ)
 しかし今更訂正するのも怪しまれるので男は嘘をそのまま貫き通した。
 「いや、すまん。間違えた。実は来年から学校でボーリング部を作ろうと思ってな。その準備だよ。準備。今から、車でボーリング場に行って新入部員になりたがっている奴等が5人程いるんだ。そいつらを待たせてるから、悪いけれど俺はこれで失礼するよ。お父様にはくれぐれもよろしく」
 そう一気に捲くし立てると男はトランクを閉め、トランクの鍵を掛けると動揺を悟られないように静かに車の運転席に乗り込む。鍵を差込み、エンジンをかけ、シートベルトを締め、ハンドルを握り、急いで出発しようとすると突然車の外の神常寺唯香が笑い出した。
 不気味に思いながらも早くこの場から去りたい男は車を走らせようとする―が、その行く手を神常寺唯香が仁王立ちで、まるで狙った獲物は逃さないと言わんばかりに両手を広げて遮ろうとする。
 「おい、危ないじゃないか。そこを退きなさい。殺されたいのか?」
 男は運転席の窓を開けて、唯香に怒鳴る。しかし、彼女は満面の笑みで男の言葉に反論する。
 「どうぞ。殺せるものなら殺して見なさい。でも、貴方にはわかっているはずよ。私をここで殺せばどういう事になるのか。まあ、その話はいいわ。ズバリ、貴方は嘘をついているわね。そのスポーツバッグの中身は、ボーリングの球なんかじゃない。私はこう思うの。もし、もしよ。私がここで貴方を見逃せば、何かとてつもない事が起こりそうな嫌な予感がするわ。それこそ、神の冒瀆ね。まあ、貴方の言う通りさっき私が少しバッグを触った時にまるでボーリングの球のような丸まったものの感触は確かにあったわね」
 「だろ?だから、ボーリングの球だって言ったじゃないか。大声を出して悪かった。さっ、早くそこをどいてくれないか?あいつらをこれ以上待たせる訳にはいかないんだ」
 しかし、ほっとしたのも束の間。唯香はさらに核心をついてくる。
 「でも、あれはボーリングの球なんかじゃない。私もボーリングは月に一度程、お付きの者と一緒に愉しむことはありますが、ボーリングの球というのは完全ではないもののさっきのものと比べて硬くて丸まっておりますわ。それに手を差し込む穴が三つあるはずですが、そんなものはなかったように感じられましたわ。あの柔らかさは、そうですね。何かの人形の頭では?しかし、人形の頭にしては大きすぎますわね。あんな大きな頭となると相当大きな人形ですわ。それこそ、特注ものですわね。念の為、お聞きしますが先生は恋人はいらっしゃいますか?」

 (この女、だんだんお嬢様言葉が板についてきやがる。わざと、こちら側を挑発しているな)
 男は苦々しい気持ちになりながらも、嘘を重ねる。
 「ああ、いるさ。先生にだって、付き合っている女性ぐらいいるさ。さっきは嘘を付いて悪かった。実はそのバッグの中身はロシア人形なんだ。特注品でさ。恋人にプレゼントしようと思って高い金をつぎこんで買ったんだ。いやあ、参ったなあ。さすが、お嬢様。何でもお見通しか。こんなこと恥ずかしくて、年頃のお嬢様に言えることじゃないからね。本当に悪かった。じゃあ、これからその恋人に会いにいくから、そこを早くどいてくれないか?」
 男は顔は笑っていたが、しかし目は少しも笑っていなかった。
 「嘘ね。先生、いい加減にしてくれません。私だって、いつまでも先生の相手をしている程暇じゃなくてよ。そんなに隠したいものなのですか?まさか、ダッチワイフとかいう如何わしいものじゃないでしょうね?」
 「何を言っているんだ?馬鹿も休み休み言え。そんなモノ学校に持ってくるわけないじゃないか?それにしても、君のような娘からそんな如何わしいものの名前がでてくるとはな。先生は失望したよ」
 この可憐な少女からそんなものの名前が出てくるとは思っていなかったが、男は内心ほっとしていた。
 (もうダッチワイフでも何でもいいさ)

 しかし、唯香の追求の手は緩まない。
 「貴方も悲しい男ね。そこまで、必死になって隠すなんて。いいわ、もう許してあげる。でも、その前に私には何でもお見通しだということを先生には存じてもらわなくてはよ。そう、名探偵ばりに私がバッグの中身をここで推理して差し上げますわ。お時間は取らせません。私は回りくどい説明は嫌いなので、たった一言で真実を申し上げますわ」
 そこでさんざん回りくどいとも取れる説明をしてきた神常寺唯香が言葉を切り、息をすいこんだ。そして―。    
 「スポーツバッグの中身は、人間の、それも学校関係者の頭ね」
 一瞬、男には唯香のその一言の意味が理解できなかった。
 (頭だと?この女の頭はいかれているのか。学校関係者の頭?それは理事長の矢祭英一のことか?ん?そんな、まさかこの女?バッグの中身は教頭の首、即ち頭だとでも言いたいのか?そんな馬鹿な・・・)
 そう言うと、唖然としている男を尻目に唯香は車の前方から立ち去り、静かにその場から離れ、どこかへ行ってしまった。
 それから、彼女の姿は時々校内で見かけたが、彼女が父である薫堂や理事長に秘密を漏らした様子はなかった。
 それはそれとして唯香を見送るとしばらく、唖然としたままハンドルを握り締め、固まっていた男だが、その内にだんだん正気に戻り、車を静かに発車させた。
 (いかん、いかん。今はそれどころではない。早く教頭の死体を例の場所に隠さなければ)
 しかし、その唯香が放った言葉はその後も男の頭から消えることはなかった―。

 それから、2週間後。男は唐沢瑞城の名で職場復帰をした。無論、彼の仕草、過去、現在、未来のビジョン、果ては彼の秘密の趣味である鉄道模型まで、ありとあらゆることをマスターしてからのことだ。幸い、理事長も校長も一緒に暮らしている彼の妻にさえ気がつかれた様子はなかった。今、こうして唐沢として理事長室で同好会活動について報告している男はアニメ研究会の活動を篠宮校長と矢祭理事長に話し終えると、こう言って誤魔化す。
 「申し訳ありません、理事長。残りの演劇同好会とミス研につきましては、何分春休み中なもので、部室は覗いてみましたが、人っ子一人いやしませんでしたよ。いやあ、この活動内容では廃部になるのもいた仕方がありませんな」
 そう言って大声で笑って誤魔化すのがいつもの唐沢流であった。完璧に唐沢の仕草をコピーした男にとっては動作のないことである。
 案の定その様子に男の目の前にいる二人の男は何も不審がる様子はない。

(完璧だ。あとは、春休み中に1日は休みを必ずとり、唐沢が生前家族にも内緒で通っていた鉄道模型の同好会に顔を出せばいいだけだ。大丈夫、はじめてのやつらと会うことになるがいつもの唐沢流でいけば決してばれないはずだ。そう、ぼろさえ出さなければな・・・)

 そして、教頭の代わりに辞めたひとりの男は休学届を出したまま二度と学園に男の姿で現れることはなかった―。
 その男がいたことさえいつしか生徒の間でも先生の間でさえ交わされることがなくなり、「学校法人龍宮学園」私立龍宮学園高等学校は4月の新学期を迎えた―。
 物語はここから始まる。

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